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9.

繰り返すだけ

あまり覚えていない

感じる心が不足している

春は得意ではない

 

悲しいとき、辛いとき、感情がすべてを覆い隠そうとする。

他人にしがみつくことを自分の中で正当化してしまう。こんなに辛いんだからって。

それに抗うのが理性の働きだと思っているのだけれど、私のそれは極端に弱い。

想像力が足りていないのだ。人が痛むであろうことが分からない。

同じ部分に水滴を落とし続けた結果の劣化。

穴が開いて水が漏れるまで気づけないひと。

 

-

 

入院していたころは白湯ばかり飲んでいた。

外界から隔離された病棟。真っ白で観葉植物しか色のない空間。同室の患者たちは、言葉を失ったかのように静かだった。頭の中が忙しかったか、空っぽだったかどちらかなのだと思う。

談話室で見る再放送のドラマ。同年代の女の人、30代の男の人、おじいちゃん。誰かが居ない日は「今日は調子悪いみたいね」。

女の人は子持ちで自傷癖。オーバードーズでたびたび運び込まれていて、ICUの看護師さんはみんな顔見知りになってしまったらしい。お互いに踏み込まないように気をつけながら、一番よく話していた。金髪の若い旦那さんが仕事終わりに毎日お見舞いに来ていて、大変だなって思ってた。

男の人は飛び降り。12階からで助かったのも奇跡だって。背骨を折っていたようで、リハビリ中。下ネタが好きで、看護師さんを口説いては苦笑いされてた。彼とくだらない話をするのは嫌いじゃなかった。新婚で子供も生まれたばかりなのに、入院中に離婚についての話し合いをしていた。

おじいちゃんはきっと躁鬱。ダイソーの100円本をネタに、女の人にかまってもらっていた。寂しかったんだと思う。私にはあまり話しかけてこなかったけど、おじいちゃんが来ると談話室から人がいなくなってしまうので、あまりいい感情は持たなかった。

看護師さんとも少し仲良くなった。未成年なのに喫煙室に潜り込んでいたから叱られたり、当時流行っていた硫化水素での自殺は死体が汚いからやめた方がいいよって言われたり。

 

みんなが一定の距離を保って、触れ合わないように気を遣っていた。

 

同室の男の人の家族が面会に来ていた。お嫁さんは泣いていて、小さい女の子が居た。

少し日が経ってから、その人に初めて話しかけられた。

「あなたはどうしてここに?」

「いろいろあって、飛び降りて」

「そうですか、私は農薬を飲んで」

おかしな会話もあったものだと少し笑えた。

 

毎日交換される清潔なシーツの上で本を読んで音楽を聴いて、意味だけ欲した。

どうしてみんなそんなにまでして生きているのか、よく分からなかった。今でもそう。

「みんなそんなもんだよ」って言われても腑に落ちなかった。

今でもあの頃と何も変わってはいない。