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10.

やさしいほど口をつぐむしかなくなることを私たちは知っていて、弱虫ばかりが集まって息をするように言葉を紡ぐ。

傷つかないためにはよわくよわく触れるしかなかった。それをやさしさと呼ばれて胸が痛かった。

 

あなたに何をしてあげられるだろうか。

私の言葉はうそ臭い。心のまま触れ合えればとも思ったけれど、醜悪に過ぎる。

なんにもしてあげられないのかもしれない。

 

やさしくありたいと思えば思うほど、人から遠ざかるしかない。

それでも想ってしまうのは、私の弱さでしょうか。

 

海、ソフトクリーム、陽射しの強さ。

水族館のペンギンになりたかった。

9.

繰り返すだけ

あまり覚えていない

感じる心が不足している

春は得意ではない

 

悲しいとき、辛いとき、感情がすべてを覆い隠そうとする。

他人にしがみつくことを自分の中で正当化してしまう。こんなに辛いんだからって。

それに抗うのが理性の働きだと思っているのだけれど、私のそれは極端に弱い。

想像力が足りていないのだ。人が痛むであろうことが分からない。

同じ部分に水滴を落とし続けた結果の劣化。

穴が開いて水が漏れるまで気づけないひと。

 

-

 

入院していたころは白湯ばかり飲んでいた。

外界から隔離された病棟。真っ白で観葉植物しか色のない空間。同室の患者たちは、言葉を失ったかのように静かだった。頭の中が忙しかったか、空っぽだったかどちらかなのだと思う。

談話室で見る再放送のドラマ。同年代の女の人、30代の男の人、おじいちゃん。誰かが居ない日は「今日は調子悪いみたいね」。

女の人は子持ちで自傷癖。オーバードーズでたびたび運び込まれていて、ICUの看護師さんはみんな顔見知りになってしまったらしい。お互いに踏み込まないように気をつけながら、一番よく話していた。金髪の若い旦那さんが仕事終わりに毎日お見舞いに来ていて、大変だなって思ってた。

男の人は飛び降り。12階からで助かったのも奇跡だって。背骨を折っていたようで、リハビリ中。下ネタが好きで、看護師さんを口説いては苦笑いされてた。彼とくだらない話をするのは嫌いじゃなかった。新婚で子供も生まれたばかりなのに、入院中に離婚についての話し合いをしていた。

おじいちゃんはきっと躁鬱。ダイソーの100円本をネタに、女の人にかまってもらっていた。寂しかったんだと思う。私にはあまり話しかけてこなかったけど、おじいちゃんが来ると談話室から人がいなくなってしまうので、あまりいい感情は持たなかった。

看護師さんとも少し仲良くなった。未成年なのに喫煙室に潜り込んでいたから叱られたり、当時流行っていた硫化水素での自殺は死体が汚いからやめた方がいいよって言われたり。

 

みんなが一定の距離を保って、触れ合わないように気を遣っていた。

 

同室の男の人の家族が面会に来ていた。お嫁さんは泣いていて、小さい女の子が居た。

少し日が経ってから、その人に初めて話しかけられた。

「あなたはどうしてここに?」

「いろいろあって、飛び降りて」

「そうですか、私は農薬を飲んで」

おかしな会話もあったものだと少し笑えた。

 

毎日交換される清潔なシーツの上で本を読んで音楽を聴いて、意味だけ欲した。

どうしてみんなそんなにまでして生きているのか、よく分からなかった。今でもそう。

「みんなそんなもんだよ」って言われても腑に落ちなかった。

今でもあの頃と何も変わってはいない。

8.

人がこちらを見て話してくるときは、曖昧な笑みを浮かべ目では無く頬の辺りを見るようにしていた。
目を見て話すと底を見透かされそうで、顔を背けても逃げたと思われそうで。
小さい自分を隠し、肥えに肥えた虚栄ばかりの自尊心を守ることに必死だった。

意味や理由を求めずに、ただ生きていくことが正しいのだとして、そんなの果てしなくて途方に暮れてしまう。
自分の中でこれだけは自分だと思える部分を手放してまで、そうまでして生きなければならないのかと怖ろしくなる。
それでも生きるべきだと、どうにか折り合いをつけるべきだと、私もみんなも知っているから悩むのだろう。

みんなの根っこの方にあるとりあえず生の方へと向かう気持ちは、いつどこで手に入れられるものなのだろうか。
弱い私はすぐに逃げたくなるし、逃げる自分を認めたくないから死にたくなる。
自分の中にある苦しさや恐怖は自身にしか関係が無くて、それを一人で抱えなくてはならないこと、みんながそれを受け容れて生きていることが信じられない。
どうやったらそんな風に出来るの。私はずっとこうしてきたし、他のやり方があるなんて知らなかったよ。


感情は燃え尽きたのか、川底を転がって形を変え続けているのか、いずれにせよ最後には海に溶けてしまえばいいなと思う。
限りなく薄まってくれれば、いくらかは穢さも救われるのではないだろうか。

いつかみんなに謝りたい。

7.

決定的に足りないのは想像力だ。血を流さないとひとつも分からない、痛みもいずれ忘れてしまう。

誰かと話しながら笑いながら、死にたいって言葉ばかりが頭の中を廻る。

昔のように真に迫った希死念慮はなく、言葉だけが先にたつ。なにもないことを認めたくないから、言い訳みたいに僅かばかりの死にたさにしがみつく。

情けなくて恥ずかしくて、自分を辞めたい。それを死にたいと言い換えた。

 

同じことばかりでうんざりしている。変わる気も起こらない、理由も失った。 

こんな私にやさしくしてくれる人に顔向けできないな。

 

もう嫌だよ。この気持ちは本当だよ。

6.

人のように振舞えないことを恥ずかしいと思っている。

私は私を必要ないと感じることが主訴になりうるのかもしれない。誰かにとってではなく、私自身のために、私は必要ではない。

 

好きな人に「他人のことほんとうにどうでもいいんだね」と叱られたことがある。

死にたがること、(コントロールできないとしても)落ち込みが過ぎることで周囲の人に負担をかけ、傷つける。それを理解していながらも子供が駄々をこねるように、自分のやりたいように振舞って、疲弊と諦めの気持ちを生じさせてしまう。

我ながら身勝手だなって他人事みたいに思う。

何年かぶりに会ったとき彼女は世界にすっかりなじんでいて、よかったな、たぶんもう会うことはないんだろうなって、すこし寂しかった。

 

何年も連絡をとっていなかった友人から「死ぬタイミングを遂に見つけた」と連絡が来た。

恋人ができて、その恋人を掬うためにすべてを尽くして、それができなかったら死のうと思っていると。それはそれで彼の選択で悪くないとは思うけど、少し陳腐だなって感じる自分の心が汚くて吐きそうだった。

その恋人はきっと君のためにぜんぶを使い果たしてはくれないよ。自分が生きるために君を使うよ。君はそれでいいと思うんだろうけど、いつかきっと辛くなるよ、悲しくなるよ。

溺れている人を助けようとしたら抱きつかれて一緒に溺れてしまうから、浮き輪かなにかを持っていきなね。

ぜんぶ分かっていてそう思ったんだろうに、余計な口出しをしてごめんね。

 

取り戻せない夜のこと。

もう駄目だって分かっていても願わずにはいられないこと。

笑って笑って諦めて、楽しければそれでいいって思えるのに、何一つ諦めきれないね。

 

身体が邪魔だ。きれいなものになりたい。

5.

恋愛についてはよく分からないが、死にたいも生きたいも一番強く感じたのは、人を抱きしめたときだった。

-

旅路の途中、知らない街で一人ぼんやりしていると、唐突に自意識から「お前には何も無いのだ」と現実を突きつけられた。
自分が何も持っていないことを恥ずかしがったり惨めに思ったりする小さく弱いこころ、それが私に残されたすべてだった。
連休の初日、ターミナル駅に溢れる人々は目的があるからそこに居て、私はぼんやり存在しているだけ。
浮遊霊みたいだと思った。

なんにもないような気がするから怖くて穴を埋めようとしていたけれど、本当になんにもなかったのだ。
あさましく醜悪な存在になっていく自身を許容できない。人を求める気持ちはひどく濁っている。


金属製の平面的な三角形に、どろどろした黒い液体を注ぐ夢を見た。三角形はとても小さいのに、いくら注いでも満たされない。途方に暮れてしまった。
目が覚めて、これ以上なにに触れても孤独を深めてしまうだけだと怖くなって、旅を終えることに決めた。

もらったもの握りしめて、泣いてばかりいる。
頑張った人には喜びが帰ってくる、私は頑張れなかった。
もう駄目だと思う。嘘っぱちの人生に、それなりの報いが訪れるだけ。

今日は私の命日だった。